犬の動脈管開存症について
犬の生まれつき発生する心臓病として最も多い病気は動脈管開存症(PDA:Patent Ductus Arteriosus)と言われています。どのような病気で、どんな症状が認められるのでしょうか。
動脈管開存症(PDA)とは
動脈管は赤ちゃんが母犬のお腹の中にいるとき(胎仔期)に肺動脈から大動脈への抜け道になっている血管のことです。本来全身を巡って心臓に還って来た血液は右心房、右心室を経て再び酸素を受け取るために肺動脈から肺に流れていきます。
しかし、胎仔期では呼吸に必要な酸素を母犬から胎盤を介して受けとり、肺で呼吸しないため、肺にそれほど血液を送る必要がありません。そのため肺動脈から大動脈へ大部分の血液が近道をすることで全身の循環に再び戻っていきます。胎仔期にこの近道の役割を果たすのが動脈管です。
胎仔は出生後、肺で呼吸し始めるためこの動脈管による近道は不要になり、数日から少なくとも1週間以内には勝手に閉じられていきます。これが閉鎖されず開いたままになっている(開存している)のが動脈管開存症です。
この動脈管が開いたままになっていることで、大動脈から全身に送られるはずの血液がこの血管にも流れることにより、一部の血液がこの動脈管から肺動脈を通って肺へ流れていきます。
進行して重症化するとどんどん肺に負担がかかり(肺高血圧症)、今度は肺動脈から大動脈へ、といった、本来ならありえない方向へ血液が流れてしまう状況に陥ります。この病態はアイゼンメンジャー症候群と呼ばれ、この状態になってしまうと根治するのは難しいです。
好発犬種は日本に多い犬種では
- チワワ
- トイまたはミニチュアプードル
- マルチーズ
- ウェルシュ・コーギー
- ヨークシャーテリア
- シェットランドシープドッグ(シェルティー)
- ビションフリーゼ
などが挙げられます。また、理由はわかっていませんが、オスよりもメスで発症が多いとされています。
動脈管開存症の症状
まだそこまで進行していない間無症状である場合も多いです。しかし動脈管を絶え間なく血液が流れることによる特徴的な心雑音が聴診によって聴取されます(子犬の胸に手をあてると振動が感じられることもあります)。また、太腿を触ると、バウンディングパルスと呼ばれる強く跳ねるような拍動を感じられます。重症化すると左心不全が進行し、咳が出たり、呼吸が苦しくなったりします。このころから運動を嫌がるようになります。心臓が大きくなることで不整脈を起こしている犬もいます。
更に病気が進行すると、肺動脈から動脈管を介して全身に酸素を含まない血液が流れることで慢性的な低酸素血症に陥ります。低酸素血症になると、歯茎など上半身の粘膜は正常な色ですが、下半身の陰部などが青紫色になる分離性チアノーゼと呼ばれる症状が認められます。また、低酸素血症を補うために血液中の赤血球数が過剰になり、血液がドロドロになる多血症が引き起こされます。多血症になると、血液の流れが悪くなることで血栓ができやすくなります。その他にも肺高血圧症の症状として、腹水が認められる・失神しやすくなる等があります。
治療法
血液の流れがまだ正常であるうちに、手術によって動脈管を閉鎖することが唯一の根治療法になります。
閉鎖術は開胸による外科的結紮法(けっさつほう)とカテーテル閉鎖術の2つの方法があります。
開胸による動脈管の外科的結紮
開胸し動脈管を手術用の糸によって外側から縛ることによって動脈管を閉鎖します。開胸するためカテーテル閉鎖術よりは犬への負担が大きく、動脈管を直接触ることによる出血のリスクがありますが成功すれば動脈管を確実に閉鎖することが出来ます。最近の研究では、術後の退院率及び1年生存率は95%を超え、5年生存率も85%を超えるため、予後は良いと言えます。
カテーテル閉鎖術
カテーテル閉鎖術とは大腿動脈からカテーテルと呼ばれる管を入れ、その管から動脈管の内部に詰め物をすることで動脈管を塞いでしまうという手術です。人の循環器疾患でもよく行われている手技で開胸による外科的結紮に比べて傷口が小さく、犬への負担が少ないことが特徴です。
カテーテルは一般的に合併症が少なく、手術方法によっては合併症の発生率が1~3%ほどしかないと言われています。しかし完全にカテーテル閉鎖術が外科的結紮よりすべての面で優れているというわけではなく、動脈管の形や大きさによっては適用できなかったり、血流を十分に遮断できなかったり、詰め物が脱落したり、動脈解離など命にかかわる合併症が起きることも稀にですがあります。そのため術前の検査によって適した手術を選択していくことになります。
カテーテルによる手術が成功したとしても、動脈管内の血流がわずかに残る場合がありますが予後に影響は無いとされています。
動脈管の閉鎖に成功した犬の予後は非常に良いことが示されています。
ある大規模な研究では動脈管の閉鎖を行った犬は行わなかった犬に比べて10年近く長く生きるとする報告があります。
これらの閉鎖術は基本的にまだ病態がそれほど進行していない、血液の流れが正常である場合に有効です。病態がかなり進行した症例では、手術をすること自体が命にかかわるため、その場合は、低酸素血症や多血症に対する内科療法で対応していくことになります。
診断するためには
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- 聴診・触診
動脈管開存症に特有な心雑音の聴取が診断のきっかけとなることがほとんどです。大腿から触知される脈拍が跳ねるような拍動として感じられる場合も多く、このような所見は動物病院で行われているような一般的な身体検査で見つかるケースが大半です。
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- 胸部レントゲン検査
病態が進行すると、心臓の拡大や動脈管及び主肺動脈の拡張など特徴的な所見が認められます。
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- 心臓エコー検査
大動脈から肺動脈へ流れてきた血流が肺へ向かう血液と混ざり、モザイク状の血流が認められます。
また、動脈管の入り口の大きさを図ることで手術の計画を立てる場合にも重要な検査です。同時に、肺高血圧症所見や手術ができないほど進行していないかの確認も行います。
まとめ
子犬に心雑音や呼吸困難、チアノーゼ等が認められた場合、この病気の可能性があります。
一般的な身体検査によって気づくことができるため、若い時から動物病院で定期検診を受けておくことで早期にこの病気に気づくことが出来ます。
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参考文献
- Risk factors for intraoperative hemorrhage and perioperative complications and short- and long-term outcomes during surgical patent ductus arteriosus ligation in 417 dogs McNamara, et al
- Cardiovascular Disease in Companion Animals, Dog, Cat and Horse, 2nd Edition Ware, et al
- Long-Term Outcome in Dogs with Patent Ductus Arteriosus: 520 Cases (1994–2009) Saunders, et al